友達

 数日後、私と昂枝は村外れにある一件の古民家へ向かうことになった。外出ともなると幾つかの不安要素があったが、昂枝が必ず傍に付いていること、深守も森に隠れているとのことで外出許可が下りたのだ。

「じゃあ、行ってくるから」

「いってきます」

 おじさんとおばさんに挨拶をし、私達は裏口に出る。村の表通りを歩くと住民達とすれ違う可能性が高い。それを心配してか、裏の抜け道を選んでくれたのだ。昂枝が一緒にいるからか、人気の無い道でもそこまで怖くは感じなかった。

「……“想埜”、元気かなぁ…?」

 想埜と前回会ってからどのくらい月日が経ったのか、私は指を折りながら思い出す。同じ村に住んでいるのに三ヶ月程会っていない。

「あいつなら大丈夫でしょ」

 昂枝はのんびり欠伸をしながら答えた。

 確かに想埜の性格的に、病気や怪我をしなければそこまでの心配をする必要はなさそうではある。頭の中で想像し「ふふっ」と笑みを零した。しかし、たまには心配でもしないと可哀想だろう。

「今日は何しよっか」

 遊びに行く訳ではないのに、お祭り気分だ。それだけ数少ない友達に会えるのは嬉しい事だった。

「また想埜の奴そぼろ丼用意してそうだよな」

「…確かに。想埜といえばそぼろ丼よね」

 彼はそぼろ丼が好きなのだ。こうやって会いに行く度にそぼろ丼を御馳走になっている気がする。だがそれもお決まり事の様で楽しみになっていた。

 鼻歌交じりに歩く私に昂枝は「呑気だな」と笑ったのだった。

 半刻程歩いた頃だろうか、林の間を抜け一軒家と言うのに相応しい程ぽつんと建つ古民家が見えた。想埜の家だ。畑には既に想埜が立っており、出迎えてくれた。

「昂枝~! 結望~! 久しぶり~!」

 想埜は右手をぶんぶんと振りながら駆けてくる。

「久しぶり。凄く大きな大根ね。収穫したの?」

「そう! さっき掘り起こしてみたら特大のすんごいやつが出てきちゃった」

 想埜は自慢だ! と言わんばかりの表情で巨大な大根をこちらへと差し出した。キラキラとした想埜の笑顔と、大きな大根に私は小さく拍手をしながら「かっこいいわ」と呟いた。

 それを見た昂枝は私の隣で小刻みに震え始め、目頭を押えた。これも毎回見る光景だった。昂枝は想埜の前だと常に笑っている。それだけ気を許せる相手なのだろう。家にいる時はあまり見られない光景なので嬉しくなる。

「あ、ぬか漬けにしたら持ってく?」

 想埜は大根を抱き締めながら言った。まるで大根が子供の様に見えるその姿に、私はふふっと笑みを零す。

「そうだな。両親も喜ぶと思うよ」

 そう昂枝が答えると、嬉しそうに戸口へと向かって行く。

「って、大根だし今日中は無理か。ごめん…」

 はっと気づいた想埜は言った。確かに大根のぬか漬けは、半日から一日漬けた方が良いとされる。勿論切り方によって変わってくるとは思うが、私達がいつまで想埜にお世話になるかにもよるはずだ。

「いや、全然。明日また来るだけだよ」

「それはありがたいけど、神社から俺ん家って遠いし往復したら疲れない? 申し訳ないよ」

 想埜は小声になりつつ言った。

 想埜は滅多と此処から出ない。出たがらないというのもあるが、隠遁しているご両親からもなるべく外に出るなと言われているらしい。昔はご両親と暮らしていたみたいだが、大人になった今は自給自足をしながら一人暮らしをしている。なるべく人と関わらず、しかし村から離れすぎない安全な場所で過ごすという決まりがあるといつの日か教えて貰った。

 まるで神社から出れない私のようで、だけど全く違う雰囲気を持つ彼はいつしか私の中で憧れになっている。

 ――こんな前向きな性格になれたらよかった。

 私は時々思う。

 そもそもどうして私達が知り合い、関係を結んでいるかというと、とても単純だ。

 宮守はこの村で妖葬班の次に地位がある。だからと言ってそこまでの権力がある訳ではないけれど。宮守家は神社の維持もそうだが、神主、巫女として、人それぞれ抱える事情に耳を傾け手助けをしているのだ。中には妖葬班も断るような事柄でも引き受けるらしい…ただしなるべくと付け加えろと昂枝に言われた。

 つまるところ想埜のご両親からの依頼だった。神社兼、何でも屋に舞い降りた仕事のひとつ。

【想埜の様子を定期的に伺って欲しい】

 そんなところだ。想埜がどうして両親と離れ一人暮らしなのかは宮守家だけが知っている。私は勿論知らない。事情を知っているからこその支援の仕方があるのだと言っていたが、実際に他人に話さず完遂するのは簡単に出来る事では無い…と思う。

 これだけ口が硬い人達なのだ。私的に宮守の人達はとても優しい人達…という自信があったからこそ、深守の事も素直に話すことができたのだ。あの後すぐ匿う事にしたご両親は仕事と同じ感覚だったのかもしれない。

 しかし私達は仕事での付き合いという感覚はなく、良き友好関係を結んでいると考えた方が近い。同世代だからというのも勿論あるけれど、馬が合っている気がするのも大きな理由だ。

「俺は別に苦じゃないよ」

 昂枝は気落ちしている想埜を見ながら笑った。

「…! じゃあとびきり美味しいの作るね!」

 想埜は改めて、ぬか漬けを作るぞと意気込んだのだった。

 中へ入るよう促され私達はそれに続く。

「ごめんね~毎度毎度何も無くて」想埜は適当に座ってと促しながら言う。

「いや、構わない。こちらから押しかけているもんだし」

「…お邪魔します」

 私達は腰を下ろす前に想埜に手土産を渡した。無難だが、饅頭だ。お茶のお供にはなるし、物によっても味が少しづつ違ったりする事もある。比べてみるのも楽しいからと、定期的に用意している。

「ありがと~! お饅頭だ! やっぱ好きだな~」

「想埜、なんでも好きでしょう」

「えへへ、確かにそうだ。は~お饅頭食べるの楽しみ~。早速後で頂くよ。でもその前にみんなでお昼ご飯食べよっ!」

 ――そんな訳で昼食だ。私達の予想通り、目の前に出されたのはそぼろ丼だった。

「じゃじゃーん! ほかほかの出来立て、そぼろ丼でーす!」

 想埜はお茶碗にご飯をよそい、それぞれの量を確かめると盛り付けた。うん、とても良い香り。そぼろ丼は見ての通り素朴な見た目をしているが、それでいてとても美味しい。想埜がそぼろ丼を好きになるのもわかる気がする。服装もなんだかそれっぽい色合いだし、わざとかな? なんて、まじまじと見ながら考える。想埜はぽかんとして、自身の着物に目をやった。

「ご、ごめんね。想埜の見た目もそぼろ丼っぽいなぁって思っちゃって」

 昂枝はそれを聞いて吹き出した。本当に壺に嵌っている。それを見て「もう!」と頬を膨らませる想埜。凄く平和な時間。

 ここに深守がいたらもっと楽しかったのかな…とかついつい思ってしまう。想埜が深守の存在を“否定”しなければだけれど。

(いつかはみんなで遊べたら…いいな)

 私はそのいつかを夢見て想像するのだった。

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