三章、混乱

 私はあれから深守と想埜と引き離され、宮守家まで戻されていた。

 蔵に押し込まれ、昂枝と共に身動きが取れなくなっているのだ。

 つまり、私の考えは失敗に終わったという事。指揮に徹してから戦わずに見ていた海萊さんは、海祢さんへ言い切った私の言葉を耳にし「ないない」と笑いながら首を振った。有無を言わさず引っ張り上げられ、狐に戻ってしまった小さな深守を助けることも出来ぬまま…。

 彼は今、どうなっているのか。

 想埜も同じく心配だ。彼は抵抗する力を持っているわけではない。どうか二人とも生きていて、と願いながら蔵の片隅で蹲っていた。

 そんな中、昂枝も向かい側で座り込み、険しい顔をしていた。話しかけるべきか否か。こんなところでじっと座っていても意味はないし、どうにか抜け出す手立てを考えなくてはならない。

 だけど、外に見張りがいる可能性は高い。今は外の物音も聞こえないが、閉じ込められてすぐは話す声が微かに聞こえていたのだ。

(何より……)

 私達を最終的に蔵へ押し込んだ相手は“宮守家夫妻”だ。今までの優しい雰囲気から一変し、恐ろしく見えたその風貌に、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。

 私にはわからなかった。宮守の二人だからこそ、昂枝を通じて我儘を聞いてくれないかと思ったが、当たり前のように押し切られてしまったのだから。


 ――何も、出来ない。


 昂枝と時たま視線が合わさるものの、やはり会話には発展しない。


『―――あっはははは! お前も相当な馬鹿だな! 目の前に妖二匹いて見逃せって? そんな事出来るわけがないだろう』

 海萊さんはそう笑うと、こちらへ来てしゃがみ込んだ。そして私の顎を強く掴む。

『ぅっ』

『コイツらは“貴重な材料”なんだぞ。まぁ…哀れな花嫁さんにはわからないだろうけどな』

『……何が言いたいんですか』

 私の腕の中で眠る深守をちらり、と海萊さんは一瞥する。私は海萊さんと一歩後ろにいる海祢さんを交互に睨むが、それ以上何も話すことはなかった。話すことを、許されなかった。


 馬鹿――か。この村ではそうなのかもしれない。妖の存在は見つけ次第消し去るべき、そう言われ続けているのだから。それでも尚、此処を離れない深守達のような妖は、見つからないよう日々潜み耐えている。

 もしかしたら出られないのかもしれないというのも、一度考えたことがあった。

 妖にも妖の理由があり此処で暮らしているはずだ。そもそも、人間が移り住まなければ妖達は快適に過ごせたはずなのに。

 そんな自分勝手な人間に迷惑を一切かけず、ひっそりと生きている彼らを手助けする事さえ、罪に問われる方こそ間違っていると私は思う。勿論、悪さをする妖もいるかもしれない。だけど、それは人間だって同じ。彼らから見たら、妖葬班は悪だから。

(二人だけじゃない、妖みんなを助けたい…)

 妖葬班の狙いを考える。

 海萊さんの言う材料とは、一体妖の何を指しているのだろうか。

「……………」

「……………」

 相談したい。けれど、そもそも、宮守家がよくわからない。どこからどこまでが本当で、どこからどこまでが嘘なのか。

(昂枝は…?)

 私は今一度、昂枝の方に視線を向ける。

 やはり真剣な顔をして、考えている素振りを見せていた。

(このままではだめ…よ)

 昂枝のことは大切な幼馴染で家族だし、信頼もしている。感謝をしてもしきれないほどに。いつも私達に親切で、妖葬班と相対した時もこちら側で。

 だけど、もう、わからない。宮守家として、どうこの案件に関わっているのか、昂枝は無関係なのか。その不安を打ち消したい。打ち消さなければならない。

 私は重い腰を上げると、勇気を振り絞り昂枝の元へと足を動かした。

「………結望」

 彼は視線を私の方へと向けながら、呟いた。私は昂枝の目の前まで来ると、そのまま腰を下ろす。そして外に声が漏れないように気をつけながら、

「……昂枝、聞きたい事が…あるの」

 と意を決して声を出す。

 真正面に映る彼はなんとなく、これから何を言われるか察したようで「…あぁ」とだけ返事をすると、同じように私を静かに見つめ返した。

 目を閉じて深呼吸をする。この言葉が最善なのかはわからないけれど、それ以外に思い浮かばない。

「……昂枝は、私の…味方でいてくれる?」

 昂枝の手を掴むと、私は縋るように呟いた。

 どうか、どうか彼だけは私の味方でいて欲しい。首を縦に振って欲しい。そう思いながら、両手で昂枝の大きな手を包み込む。

「………」

(お願い、だから…)

 怖くて不安でたまらない気持ちが滲み出たのか、自身の手が震えていることに気づく。

 昂枝はそんな私を見て、手を振りほどく代わりに腕を引き寄せ抱き締めた。

「っ…たかえ…」

 今までにされたことないくらい力強く、そして優しく包み込まれてしまった。

 身動きが取れないまま、互いの温もりを確かめ合うように静かな時が流れる。

「────好きだ」

「…っ!?」

 そして、彼は小さく声を漏らした。

 それは、話の流れから逸れていて、唐突な告白。

「……ずっと、ずっと好きだった」

 彼は今にも泣き出しそうな声音で、縋るように私の着物を掴む。

「たか…え…?」

 私は何が何だかわからず混乱してしまう。


 好き―――?

 誰が…? 誰を…?


「この感情は死ぬまで隠し通すつもりだったのに、この感情を持っては駄目だとわかっていたのに…」

 昂枝は私の背中に回した腕に、ぎゅっと力を入れた。

「待って…あの、…昂枝、好き…って……」

「……結望、俺は最低な人間だ。俺は…、俺は……お前の事が好きになってしまったんだ」

「────」

 昂枝は身体を離すと、今度は私の両手を彼の手で握り締めた。

 言葉を失う私に苦笑する。

「…おかしい、よな。俺なんかがお前を……。“宮守の決まり”を無視して恋――だなんて。俺はお前の“味方ではない”というのに。……それでも、俺はお前が好きだ。例え、これから宮守を裏切ることになるとしても」

 まっすぐに、真剣に目を合わせて言われても尚、私はどう返事をするべきかわからなかった。

 また、自分の知らないところで何か起こっている。無知な自分が憎い。告白もそうだが、隠し事をされていて味方ではなかった現実に目が眩んだ。

「……っごめんなさい」

 一刻を争うはずなのに、自分で聞いた事なのに、私は整理する時間を求めてしまった。

 いくら昂枝本人が裏切ったとしても、おじさんとおばさんは間違いなく敵ということになる。

 皆して私に何を隠しているの…?

 それに、昂枝が私の事を好き…?

 彼は幼馴染で、優しい兄のような存在だ。私自身恋とは無縁で―――。

「っ……う、ぅぁ…」

 ぽたぽたと涙が溢れた。蹲る私を、昂枝はいつものように背中を摩ってくれる。

「気づけ…なくて、ごめんなさい……でも…、っ私……」

「まだ何も言わなくていい――結果はわかっている。…だが、俺もあの狐と同じようにお前を守りたいんだよ……。お前を鬼族へは渡さない。絶対にあいつの元へ連れて行くと誓う」

 昂枝は指で私の頬に伝う涙を拭うと、もう一度抱き締める。

「ただでさえ混乱している中で、申し訳なかった。――早くここから脱出しよう」

 ぽん、と私の背中を軽く叩くと、蔵の扉と窓を交互に見つめた。

「…でも、どう……逃げる…?」

「今は外から物音はしないが…親父達はこの道数十年極めた専門家だ。少しでも異変があれば黙っていないだろうし」

「………上の方、小さな窓はあるけれど……」

「そう、だな……」

 私達は考える。

 大体、蔵は物を置いておく場所だ。窓があれど小さく、日光を入れる為ものでもない。だけど、蔵の扉は閂で塞がれている。出られる場所といえば、もうそれしかない。

 重厚感のあるそれは、まさに罪人を閉じ込めておくに相応しく感じた。


『───オラ!』

「「!?」」

 そんな時、外で叫び声と共にドォンッと大きな音がした。地響きしたようでそれが身体にも伝わってくる。

「な、何が起きたんだ…?」

「………」

 私は首を傾げた。外の様子が一切わからないが、誰かが現れたことだけは理解出来る。

「――まさか、鬼族とか……?」

「………いや、鬼族…折成なら両親と繋がりがあるだろう。わざわざこんな――」

『ったく、笹野結望は何処にいるってんだ』

 声の主はやはり私を探しているようで、何よりその声には聞き覚えがあった。

『………あ~…、もしかしてここ、か?』

 外にいる彼は蔵の存在に気づいたらしい。こちらに向きを変えたのか、砂利を踏みつけながらどんどんと近づいてくる音が聞こえる。

「……………」

 昂枝は私を後ろへ回し庇う形になると、扉を睨みつけた。

『お~い』と気だるげな声が聞こえてくるが、返事をすれば確実に終わりだ。息を殺し、じっと時が過ぎ去るのを待つことにした。

『………チッ、めんどくせぇ』

 返事がないことに苛立ちを隠せないのか、彼が持っているであろう槍を砂利に挿す音が鳴る。そして少しの間を置くと、古びて錆びついた閂を持ち、ギィッとずらす音が響いた。ガチャンとそれを抜き切ると、扉は豪快に開かれる。

 そして彼はつまらなさそうに私達を見ながら呟いた。

「……見つけた」

 ―――と。

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