対話②

 はぁはぁと、息が上がる声だけが聞こえてくる。

 二十人いた上役達は、皆倒れ伏せて、身動きが取れなくなっていた。致命傷は避けているものの、当分起き上がることはないだろう。

 折成さんは、鬼族相手によくここまでやったと、自分達を賞賛すると共に、目の前の敵にだけ集中出来る事を喜んだ。

「ほう…、中々のものじゃな」

「…一苦労ですよ」

 昂枝は溜息混じりに呟く。刀を杖の様にして立つ姿は、体力、精神共にほぼ限界に近い。

「海萊」

「…ん? あ、空砂さん」

 空砂さんは静かに彼の名を呼んだ。海萊さんは深守と対峙していたが、何食わぬ顔で返事をすると、闘うのをぱっと辞めて社の中へと入って来た。「ご無沙汰しております。お元気で何よりです」

「あぁ、お前もご苦労であった。……ただ」

「申し訳ございません。力不足でした」

「…わかればよい」

 ごくごく普通に会話をする二人に、私達は狐につままれたような…言葉を失ってしまった。社内へ入ってきた深守も「何よ…」と目を見張る。

「気になるだろう。妖葬班の俺と鬼族の空砂さんの関係が」

 空砂さんの隣に並びながら、海萊さんは愉快そうに笑う。

「海萊よ、わざわざ言う必要はなかろう」

「うーん。まぁ、それもそうですね」

 妖葬班で妖を忌み嫌う海萊さんとは思えない立ち振る舞いに、一同は騒然としたままだ。そもそも、何故海萊さんが鬼族と仲間内なのか。

「……本当、お前らの仲良しごっこには感心するよ」

 海萊さんはそんな事より、と懐からとある物を取り出した。それは火縄銃にも見えたが、火縄銃にしては小さすぎる代物だった。鉄砲ではあるものの見たことのない武器に、警戒心が強まる。

「…アンタ、何するつもりなの?」

「こうするつもりだが?」

 パァンッと鉄砲の乾いた音が鳴り響く。一瞬の事で何が起きたのかわからなかった。だけど想埜の後ろでよろめいていた鬼族の上役一人が、心臓辺りから血飛沫を上げたのが見えた途端、とんでもない事が起きてしまったと脳が判別した。刀や槍も恐ろしいものだが、鉄砲はもっと恐ろしいものに思えて声にならない声が出てしまう。

 少なくとも、彼にとって上役は味方なのではないのか…? 空砂さんと関係を持っているのに、どうしてそんな事が出来るのか。

「俺は元々鬼族に興味などないからな」

 そう言いながら、倒れる上役達をどんどん撃っていく。空砂さんは止めることもせず、ただ佇んでいるだけだ。深守達も下手に動けば弾に当たることを危惧して、動向を見守る他無くなっていた。

「……火縄銃じゃないのか?」

 昂枝は疑問を口にする。

「似ているが違うな」海萊さんは答える。「こうすることができる代物だ」

「なっ――!?」

「早く死ね、お尋ね者が」

 鉄砲で血を流した鬼族の上役達が、突如として凶暴化し昂枝に襲いかかった。折成が既のところで追い払うが、次から次へとやってくる。

 これじゃあ、まるで振り出しに戻された状態ではないか。

「どういう事だよっ!」

「実験台だと言っただろう? よろしく頼むぞご子息さん」

 海萊さんは近くに置いてあった木箱に腰掛けると、己は戦わずして優雅に観戦を始めた。鉄砲をくるくると回しながら、その場に似つかわしくない鼻歌を口ずさむ。

 深守も、昂枝も、想埜も折成さんも、あれよあれよと鬼族に囲まれてしまった。先程までよりも力が増しているようで、かなり難航していた。その隙を突いてか、空砂さんは私の方へ視線を向けた。

「結望っ!」

 深守は気づいて抜け出そうとするが、鬼族の集団によって足止めを食らってしまう。

 私の前にいる深守が作った狐の式も、空砂さんへ視線を向けながら威嚇をするが、空砂さんにとってたかが式神だ。特に気に留めることをせず、こちらへと手を伸ばした。

「狐さん…っ」

 私は願った。深守が作った式だもの、きっと、大丈夫―――。

「っ何…?」

 ビリッという音を耳が捉え前を見据えると、空砂さんが珍しく、驚いた表情を浮かべながら困惑しているのが確認できた。狐の式が力を発揮していたのだ。

 そして、それと同時にぷすり、と空砂さんの左脇腹に矢が刺さっている事にも気がついた。

「………」

「あ…」

 空砂さんは私から目を逸らすと、何も言わずに後ろを振り向く。

「――間に合いました、か?」

 矢を放った張本人は、弓を下ろしながら言った。

「海祢さん…!」

「お前何しに来た!」

 私が呼ぶのと同時に、海萊さんも叫ぶ。

 海祢さんは答えることなく勢い良く地面を蹴ると、腰に身に付けている刀を抜き、空砂さん目掛けて走り出す。彼も妖葬班の一員で、相当な実力者という事を実感させられる動きに圧倒された。

 海祢さんは私の前に狐と共に立つと、空砂さんの素早い動きを諸共せず対抗する。

「僕は…、やっぱり妖葬班には合わないようです」

 海萊さんへの返答なのか、海祢さんは動きを止めずに言葉を紡ぐ。

「なので、僕は皆さんを助ける為に戦います」

「何をふざけた事を…っ! お前は村の恥晒しになるつもりか」

「それでもいいです」

 海祢さんははっきりと宣言した。

 海萊さんはそれを聞いて「有り得ない」と、自身の髪の毛を掴む。

「何故村の為に働かない!? お前は何の為に鍛錬し、何の為に妖葬班になったと思っているんだ…っ! あれだけ優秀だと信頼を得ているのにも関わらず、何故――!!」

 そう言うが否や海萊さんは、先程までくるくると回していた鉄砲を、実の弟である海祢さんへ向け発砲した。

「―――っ!」

 しかし何故か、空砂さんによって遮られてしまう。

 寸分の狂いも無く刃に当てると、弾は綺麗に真っ二つに割れて威力を失った。カチャンッと落ちる音が静かに木霊する。

「海萊…、やはり儂は、お前のそういう所が好かんのじゃ」

「は……、何を……?」

 空砂さんは左脇腹に刺さっている矢を引き抜きながら「…儂に似ていて嫌いじゃ」と、ぼやいた。

「なっ――」

 刹那だった。

 目の前で赤い鮮血が飛び散った。

 あまりにも速くて何が起きたのか理解に苦しんだけれど、海萊さんが叫びながら倒れ、腹部を押さえながら蹲っているのが見えて顔が青ざめる。


 ―――空砂さんが、海萊さんを刺したのだ。


 あの時と同じだ。海萊さんが深守を刺した時と。状況は殆ど同じで、多分、因果報応といえばそうなのだけれど。だけど、私にはそんなのどうでも良くて。

 どくどくと床が身体から溢れ出していて、今すぐ助けないと死んでしまう海萊さんを見捨てる事などできっこない。私は重い身体を振り切り、無我夢中で立ち上がると傍へと駆け寄った。

「ふざ、けるな花嫁…っ! 同情するつもり、か!」

「違います! …違いますけど、早く止血しないと死んでしまうから」

 後ろからついてきていた狐の式は、何か察したのか直ぐに海萊さんの傷口を舐め始めた。どうやら深守が作った式神にも、多少の治癒効果があるらしい。私が手当するよりも先に、傷口が癒えてきているのが見て取れた。

「よかった…」

「俺が、妖に………。何がよかっただ……最悪だ」

 傷口が完全に塞がった訳ではないが、山場を乗り越えたであろう海萊さんは溜息を吐いた。

 それもそうだ。忌み嫌い倒している妖の式神に助けられてしまったのだから。

「結望、何故そいつを助けた!?」

「そんな奴放っておけばいいだろ!!」

 昂枝と折成さんは鬼族と戦いながらも、こちらへと言及した。

「だって、例え敵だとしても、誰も死んで欲しくないの…!」私はすぐ傍で横たわる海萊さんと、表情を変えずに辺りを見渡している空砂さんを見る。「こんなの、……誰も幸せになんてならないわ」

 このままじゃ、皆苦しむだけだ。

 だけど、どうしたら良いの?

 鬼族も、他の妖達も、村も、妖葬班も、何で皆仲良く出来ないの?

 この人達は本当に自分勝手だ。自分勝手で、手を取り合おうとしないで、無関係の人達を殺めて、自分達が良ければいいと思っている。

「私は、皆と助け合いたい…。鬼族も、妖葬班も、絶対に今のままじゃ…、きっと、もっと悲しい事になるから……」

「生贄の立場の癖に小賢しい奴じゃのう」

 狐達からの障壁を強引に破り、空砂さんは私の胸ぐらを掴む。深守が鬼族を叩いて駆け寄ってくるのが見えた。

 私はここで悲鳴を上げたら負けだと、相手を真っ直ぐに注視する。

「…私は、貴方とも手を取り合いたいです。生贄だから、とか関係なく……一緒に乗り越えたいんです。そこに種族も立場も関係ありません」

「羅刹様は喜ばぬ」

「その、羅刹様の言葉……、直接聞いた事はありますか…? 耳を、傾けた事はありますか?」

「羅刹様の事は喋らずとも理解出来る」

 空砂さんは私を引っ張りあげる。身体は簡単に持ち上がり、足がぷらぷらと宙に舞った。首を直接絞められている訳ではないが、息をするのがやっとだ。

「ほん、とうに……?」それでも私は続けた。「先程…、意識が羅刹様と…母と繋がっている時、一瞬だけ、聞こえ…ました。もう――死にたいと……」

「嘘をつくではない」

「嘘では、ありません…っ。羅刹様は、延命を…望んでおりません。…だ、…だから……」

 続けようとした時、空砂さんは私の胸ぐらを掴んでいた右手を手放した。私はそのまま床に倒れかけた――のだけれど、深守と、海萊さんが間一髪のところで助けてくれた。

「ありが…とう、ございます…」

「んもぅ、結望ったら無茶しすぎなんだから…」

「…人の事言えませんよ」

 深守は私を強く抱き締めると、海萊さんを一瞥した。「アンタにも、多少…情があるのね」

 海萊さんは軽く舌打ちをすると、面倒臭そうに立ち上がる。

「は~あ、やってられっか」

「あ……、無理に動くと…」

「五月蝿い」

 制止するも軽く振り払われ、社の外へ向かって壁伝いにゆっくりと歩いて行ってしまう。途中鬼族が襲ってくるも、額に一発入れる程度でその場から居なくなってしまった。神出鬼没で感情的、それでいて私達の敵でもあるけれど…。もしかしたら、わかり合える人なのかも。なんとなくそう感じた―――。


「羅刹様、…羅刹様は鬼族の繁栄の為に力を尽くして下さる偉大なお方じゃ。そうであろう」

 社の奥で鎮座しているであろう長に空砂さんは声を掛ける。

 だけど長は直接話せる訳ではない。意思はあれど、身体も何もかも不安定な状態だ。声を掛けたところで返事は無い。

「……そうじゃ、儂が盃を飲めば羅刹様の言葉を直接聞けるであろう。飲み込まれた生贄の意識が邪魔をするのなら、儂が羅刹様の代わりとなろう」

 空砂さんは言いながら供えられていた盃を一気に飲み干した。それを見た鬼族の上役達は、戦う手をぱたりと止めてその場に平伏していく。全員が長と空砂さんを向きながら、何かを唱えていた。

 一体どういう事だと、昂枝達は戦うのを辞めた上役から避けるように私達の方へ集まってくる。海祢さんも実兄からの発砲に呆然と立ち尽くしていたが、想埜に手を取られながら輪に合流した。

「…盃を飲んだ者と長の意識を通じ合う。花嫁が結婚した時にやる儀式と同じだ」

 戦いで出来た左腕の傷を止血しながら、折成さんは私達に教えてくれた。私ははっとして、折成さんが自ら破った着物の布を預かると、代わりに傷口をキツく結ぶ。

「ども…」

「ううん、これくらいしか出来ないもの」

 ――そうこうしている内に、空砂さんが羅刹様の意識と繋がってしまった様で、辺りが重々しい圧力に包まれた。

「これが…、羅刹様……?」

 想埜は社に充満する靄を見渡しながら言った。

「そう、みたい…」靄に手を伸ばしながら海祢さんも答える。

 状況を飲み込む私達や、平伏す鬼族の上役の事は最早眼中に無い空砂さんは、一歩一歩踏み出しながら、羅刹様と会話を始めた。

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