間の話

 私達はあれから二人で朝になるのを待った。

 深守も「膝元へ来るかい?」と茶化しながら一緒にいることを了承したのもあり。…流石に膝元は断ったけれど。

「深守はこれからどうするの…?」

 なんとなく、気になったことを伺ってみる。

「そうさねぇ…、結望を一人にしない…を徹底する事かしらね」

 枕元に置いてあった扇子を手に取るとぎゅっと握り締め、少しばかり考える素振りを見せながら深守は答える。

「さっき何処にも行かないでと言われちまったし、実際反省もしているのさ。…身勝手な行動だったと」

 口元を隠すように扇子を開く。こうやって扇子で顔を隠す姿ももう見慣れたものだ。

 それに、あまり気にしていなかったが、深守は二種類の扇子を使い分けている。今は、紫色と金箔を掛け合わせた舞扇子。キラキラとした小石が流水のように散りばめられている。まるで深守そのものを表しているような、そんな意匠だ。

 彼はその綺麗な扇子を開いたり、閉じたりと動かす。深守は私がどう思っているか、気にしているようだった。

「…でもっやるべき事、沢山ある…でしょう?」

 早く答えなければ、と慌てて口にする。

「……結望」

「…だから、えっと…さっきのは言葉の綾ってやつで…気にしないでほしくて……。一緒にいれたら私はとても嬉しいけれど……うれっ…ぁ……」

 はっと私は両手で口を覆う。

 勢いに任せた結果、また私は自然告白をしてしまった…。

 体温が急上昇して沸騰しそうになるのを手で扇ぎながら抑えようとするが、きっともう既に耳まで真っ赤だ。

 深守はそれを見て面白くなったようで、楽しそうにアハハと声を出した。深守の壺に嵌ったようだ。

「ハハハッやっぱアタシ、アンタとずっと一緒にいたいわぁ」

 見てて飽きないし、と照れて俯く私を扇子で軽く扇ぎながら言った。

「…少しでもアンタの傍について、アンタを安心させてやりたいってキモチを大切にしなくちゃあね。まぁ…外の移動とか、そういう時は昂枝に任せてしまうかもだけど…」

 いずれは必ず来てしまう。だけど、妖葬班に見つかるまでの間は裏道だろうが堂々と歩くことは避けたい。見つかれば自分の使命を果たせなくなってしまう。そもそも、村からだいぶ離れていたとはいえ、森の中で争ってしまった直後でもある。尚更注意が必要なのは深守も十二分に理解していた。

 深守は扇子で口を隠すと、見えない敵を見据えた。睨みを利かせキッとなった切れ長の目は、恐ろしいはずなのにやはり美しい。

「―――おい、朝から何笑ってるんだ」

 深守の笑い声に誘われて隣の部屋からやって来た昂枝は、遣戸を開けながら仏頂面をしている。もしかして起こしてしまったのではないかと謝ろうとしたが、

「起きてたから気にするな」

 と声を発する前に私を遮ってしまった。

「おはよう昂枝。今日もたまらない顔してるわねぇ」

 にまにま、と深守は昂枝をじっくり見つめる。

「やめろ変態狐。………おはよう」

 深守のいやらしい視線に朝っぱらから身の毛がよだった昂枝だが、心底嫌そうな顔をしながらもちゃんと挨拶を返してくれる。

 それを見ていたら自然と、ふふ、と笑みが零れた。私はこの二人のやりとりも大好きなものになっていた。

 物のついでにと全ての遣戸を開きながらも、眠気が覚めないのか大きな欠伸をする。

 日はまだ部屋に差し込まないが、外はもう明るくなってきており、鳥も鳴き始めていた。風も吹いていないようで、寒さは一切感じられない。

 昂枝はのんびりとした亀のような速さでこちらへ来ると、ぽすんと座り込んだ。

「……………」

 昂枝は深守をじっと見つめる。包帯でぐるぐるに巻かれた身体は、彼から見ても何か感じるようで目を細めた。

「何があったんだよ」

「…あぁ、コレ? ちょいとヘマしちまってね。でも大した怪我じゃあないんだよ?」

 先程変えたばかりでまだ綺麗な右手の包帯を見せながら深守は軽い口調で言った。

 すると昂枝はそのまま深守の右手を弾いた。パチンと軽く叩いただけだが、深守は声にならない声で悲鳴を上げると、右手を抱え昂枝を凝視した。

「ちょっと、昂枝…!」

 私も流石に酷いと思い、昂枝を叱る勢いで声を出す。

「…大した怪我、ねぇ…とんでもなく大怪我じゃねぇか。何があったか知らないが安静にしてろ馬鹿狐」

「あいたっ!」

 もう一発と深守に思い切りデコピンを食らわした。深守はじんじんと痛む右手とおでこを庇うと、本格的に昂枝を恐れるような眼差しになる。昂枝ははぁ、と溜息をついて、その場から逃げるように立ち上がった。

「…そろそろ着替えて支度しろ。やる事終わったら出かけるぞ」

 私に言い残すとそそくさと自分の部屋へ戻ってしまう。

 私は恐る恐る深守の方を向き直した。

「深守、ごめんなさい…」

 昂枝の代わりに謝罪をする。とても痛がっている深守を見るのは苦しい。わざわざ叩かなくてもよかったのに…と思いながらも、彼なりの気遣いなのは伝わってとても複雑だ。

 深守は右手を擦りながら溜息を吐いた。

「はぁ…いい子なんだか悪い子なんだかわからないわねあの子…」

「…素直ではない、かもですね」と苦笑する。

「……ふぅ…確かにそろそろ動かないとな時間かも。深守、本当の本当に今日はお休みして下さいね。ご飯も必要あれば持って来ます」

 私は改めて深守に安静を促す。つまらなさそうに「…仕方ないわね」と呟き渋々布団を膝にかけた。私は座る位置を変えると、そのままゆっくりと深守を横たわらせる。

「………本当に力は使わないの?」

「大丈夫よ。大丈夫。ご飯もりもり食べて寝たらすぐだから」

「そう…。じゃあ…、出来るまで待ってて下さいね」

「は~い」

 深守はゆらゆらと手を振りながら返事をした。いつか、取り返しのつかないことにならないといいけれど。私は心配になりながらもその場を後にしたのだった。

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